1984年から1986年までナショナル・セキュリティ・アンド・リサーチ・コーポレーションにてシニア・バイス・プレジデントと最高投資責任者(CIO)を兼任し、投資方針、及び銘柄選択の委員会を統率した。1985年に同社にてマーティン・コーヘンとともに米国初の不動産証券投資信託を組織、運用に当たった。国際通貨基金(IMF)の年金諮問委員会メンバーであるほか、ジョージタウン大学投資委員会の委員長を務める。また、欧州上場不動産協会(EPRA)の理事も務めている。ジョージタウン大学で理学士号、ジョージワシントン大学で経営学修士号を取得。ニューヨーク州ライ在住、4人の子供を持つ。